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日本100名城のひとつ<五稜郭>へ。
星型をしてるのが有名なこのお城。
やはり上から見なくちゃ意味がないでしょということで、2006年に新しくなったという<五稜郭タワー>へ上ることにする。

五稜郭タワー

五稜郭

旧タワーより38メートル高いというタワーの展望台から見える<五稜郭>
簡単に星型と言っちゃうけど、けっこう複雑な形をしてるんだよね。

タワーから降りてきて、<五稜郭>を散策。

一の橋

<一の橋>を渡って、たったひとつしか作られなかった(費用不足だったらしい)<半月堡(はんげつほ)へ。
そして<二の橋>を渡って、<五稜郭>の中へ入る。

函館奉行所

2010年に復元工事が完成したばかりの<函館奉行所>
鎖国していた江戸時代後期に、ロシアとの外交問題に対応するために建てた幕府の役所。
1821年にいったん役目を終えた<函館奉行所>は、1853年にペリー来航、翌1854年には日米和親条約が締結されて下田と箱館が開港したことから<函館奉行所>を復活させることになる。
そして、函館山の麓にあった奉行所を移転することになって、奉行所の周囲を星型の土塁で囲み、その周りを水堀で囲み、<五稜郭>となったのですね。

なんだかいわゆるお殿様がいて、武士がいて、というお城とはずいぶんイメージが違う。
日本に入ってくる外国の船に対してのお城なんだ!

江戸幕府が崩壊してからの<函館戦争>がまたドラマチック。
いったんは旧幕府脱走軍が五稜郭を占拠するんだけど、新政府軍の函館総攻撃で元新撰組副長・土方歳三が戦死し、旧幕府脱走軍の艦隊は全滅、7ヶ月間の函館戦争は終結した。
外国船の大砲を避けるために函館山から移した奉行所だったんだけど、新政府軍の砲弾は<五稜郭>まで軽く届いたらしい・・・・。

函館戦争の後、奉行所は解体され、<五稜郭>は陸軍省の練兵場として利用されていた。
大正時代に入って公園となり、1952年には北海道唯一の国の特別史跡に指定される。

以前ゴールデンウィークに函館を訪れたときには一面ピンクだった<五稜郭>の桜は約1600本。
一見の価値ありだけど、もちろんすごい人だよね・・・・・。

水堀

今回は<タンポポ>がたくさん咲いてた。


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